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連載エッセイ [50]
異常気象時代のサバイバル
吉野正敏

 
洪水は“めぐみ”か、“災害”か?
古代文明の発祥

 古代、メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明の4大文明が栄えた。最近さらに揚子江文明を加えて、5大文明ともされる。河川の名称・長さ・文明の起源などを(表1)に示す。

(表1)4大文明とそれが成立した河川名・長さ・世界順位・文明の起源(吉野1)による)

文明の名称 河川名 長さ その世界順位 起源

メソポタミア文明 チグリス川 1,900km 81 ウバイド朝後半、都市国家成立は約6,000年BP*
  ユーフラテス川 2,800 38
エジプト文明 ナイル川 6,695 1 初期王朝、5,000年BP
インダス文明 インダス川 2,900 34 興隆期、4,700年BP
先(初期)ハラッパ文化、4,800年BP
黄河文明 黄河 5,464 6 中下流域竜山文化、4,700〜5,000年BP
揚子江文明 揚子江(長江) 6,380 3 大渓文化中期、6,000年BP

*BP(Before Present、現在より以前の意味)

 世界的に見て長大な河川の中流・下流の沖積平野であり、農耕に適した温帯地方で、水が豊富に利用できる地域である。毎年の洪水時には上流から肥えた土壌が運ばれてきて、長い年月をかけて農作物の成育を支える広大な平野を形成した地域である。
 地球上には長大な河川は他にもあるが、このような気候・地形・土壌の自然条件を備えていない。そして、気候的に重要なことは、上流から肥えた土壌を運ぶのに必要な水量をもつ河川が洪水・氾濫をおこす季節があることである。
 春には最上流部では雪解け水を集め、雨季には中下流部では降雨の水を集め、氾濫する。この氾濫は「溢水」とも呼ばれ、氾濫原一帯が水で覆われた状況となる。これを洪水状態と表現してもよかろう。氾濫した水は塩害を受けた地域の塩分を洗い流す役割を果し、人びとの栄養源となる水産物を残した。人びとが集まる水辺には大沐浴場という儀礼施設ができ、文明を担う人達の精神生活を支えた。数千年前、それまでの農耕伝統の上に古代文明が成立し開花した。
 このような歴史的な事実を考えれば、洪水は“めぐみ”であった。

アマゾン川流域における洪水・氾濫・浸水

 南アメリカのアンデス山脈の東に6000km以上の距離を流れ下るアマゾン川がある。 (図1)はブラジル北部を占める広大なアマゾン川の流域を示す。 流域面積は705万km2におよび、河川の長さは6,400kmに達する。(表1)に示す世界第1位のナイル川につぐ第2位の長さである。

(図1)アマゾン盆地(アマゾニア)とその周辺山地・アマゾン川本流・支流・都市。 (この図のスケールは、アマゾン川の大西洋河口で緯度はほぼ0度(赤道)だから、 図の右上に示す西経50度と40度の間が1,113kmである)

 アマゾン川の流路の両岸には氾濫原が発達し、季節的に浸水する。洪水の最盛季には水位が13mも上昇することがある。普通の年でも、氾濫原の大部分は水深2〜8mの水で覆われる。アマゾン川下流部に位置するオビドス水位観測所における水位の季節変化は約4mである。水位の季節変動は上流ほど大きくなり、マナウスでは約10mになる。
 河川水は垂直方向だけでなく水平方向にも広がり、低地は浸水する。アマゾン川の本流の両岸に広がる氾濫原の幅は、通常5〜20kmだが、最大で30kmに及ぶ。アマゾン川本流の幅は約2〜5kmである。アマゾン川の氾濫原のもう一つの特徴は季節的な浸水期間が長いことである。
 広大な流域だから、水源地域における降雨の季節的なずれ、すなわち雨季と乾季の時期や長短が異なる。その結果、下流ほど水位変化のピーク(波)はゆるやかになり、ずれが大きくなる。すなわち、北からの支流地域では、3月〜4月に雨季が始まり高水位季をむかえ、9月〜10月から渇水季となる。これに対し、南からの支流地域では11月が洪水の始まりで、4月が渇水季である。
 このような状態がアマゾン本流と支流下流部の氾濫原に豊かな浸水林を作った。豊富な陸上生態系ができ、水棲生物の棲家を提供した。浸水林の浸水期間は氾濫原の微地形とその年の洪水の規模にもよりかなりの長短の差があり、年3ヶ月ないし11ヶ月にもおよぶ。一般的には、平均して年に4〜7ヶ月である。生態系・そこに住む人びとの暮らしに影響する。

アマゾン川洪水のめぐみ

 アマゾン川の氾濫原における多様な生態系の変遷と現状の諸問題を記述したよい本が刊行されている。すなわち、グールディングらの著書(山本・松本訳、2001)の「恵みの洪水―アマゾン沿岸の生態と経済―」と題する書物である2)
 先住民の役割から始まって、生態系・野生生物・魚類・有用植物・農業・氾濫原の土地所有権・森林保全と最近の森林資源輸出の問題を現地調査によって明らかにした。いま、ここで詳しくその内容を紹介するゆとりはないが、たとえば、ラテンアメリカの古代文明としてはメキシコ南部や中央アンデスが有名だが、アマゾニアにも数千年前、先住民インディオの豊かな農耕文化があった。16世紀、ヨーロッパ人の侵入を機にアマゾニアの文化状況は一変した記述など改めてよい参考になる。氾濫原には集約的農業の痕跡がある。アマゾニアの動物相は熱帯雨林生態系の植物相より多様性に富む。。。。アマゾニアには未知の昆虫が数百万種生息している。。。。など、興味ある事実を知る。また、氾濫原には低い樹高の氾濫原林があり、植物資源としていかに利用価値があるかなどを理解できる。さらに保存と開発の問題を考えさせる。
 この他、この地域における浸水・氾濫・洪水が、いかに“めぐみ”と関わるかの実態をこの本から詳細に知ることができる。

洪水は災害か

 われわれ日本人のほとんどは、“洪水は災害の元凶”と思っている。しかし、水位上昇の季節性(熱帯収束帯の降雨か融雪か地形性降雨かなど)・継続時間(時・日・週・月の長さ)・速度(水位上昇量と時間に関係する)・予見性(開発や環境破壊の影響の結果)、などをよく考えねばならない。これらが、根本的に違っている地域では、災害ではなく生活への影響はプラスに、言い換えれば、“めぐみ”になっていることを知らねばならない。サバイバル条件は整理して考えねばならない好例である。


[文献]
1)吉野正敏、2009:川と四大文明、高橋裕他編「川の百科事典」、丸善、32−33。
2) グールディング、マイケル他著(山本正三・松本栄次訳)、2001:恵みの洪水、同時代社、東京、255ページ。


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