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連載エッセイ [46]
異常気象時代のサバイバル
吉野正敏

 
チベット高原の気候・気象 ― チベット・ヒマラヤと日本人 ―
登山とトレッキング

 昨今、日本人のエベレストやヒマラヤ山脈中の登山やトレッキングなど、スポーツやツーリズムの分野で、ブームと言えるほど盛んである。それに伴い、サバイバルに関係する事故もまれでない。チベット高原もまた訪れる人が多い。仏教寺院に関心が高まっている。
 登山・旅行となれば国内でも同じだが、チベット・ヒマラヤでは、なだれ・洪水・強風・低温などの災害は、海抜高度が高いだけでも規模が大きく深刻である。しかしながら、今回述べたいのはこのような登山や観光の話ではなく、われわれ日本人の平時の生活に関わる。。。。言い換えれば、じわじわと忍び寄るサバイバルの原因に関わる。。。。チベット高原の気候や気象の話である。

チベット高原と北半球の大気の流れ

 1940年代、すなわち、第2次大戦中欧米ではヒマラヤ高原を取り巻く上層の大気の流れの調査・研究が始まった。この背景には次のような事が関連していた。
(1) パイロット・バルーンやゾンデによる高層気象の定時観測地点が増えてきて、その結果を整理し、研究することが可能になってきた。
(2) 北半球の対流圏の偏西風の性状が明らかになり、3波長の型が卓越することが明らかになった。
(3) 3波型(三つの気圧の谷がある型)は、ヒマラヤ・チベット山塊、ロッキー山脈、アルプス山地のそれぞれ東方(風下)に気圧の谷が現われやすい。北半球の三つの大きな山塊・山脈のうちの最大のヒマラヤ・チベット山塊の風下に日本は位置する。
(4) 南アジアや東南アジアや東アジアのモンスーン(雨季・乾季)はこの上空の大気の流れの季節変動と関連している。
(5) 航空機による作戦、すなわち、爆撃・空中戦・航空機による物資や戦闘員の輸送などが重要になってきた。そのため対流圏下部の気象状態の把握が必須となった。
(6) ドイツの気象学者は1940年代初め、日独間の最適航空路の研究を行なっていた。具体的にはヒマラヤ・チベット山塊の南側を飛ぶのがよいか、北側を飛ぶのがよいかへの気象学からの進言である。
(7) そのドイツ側の研究結果は当時の駐独日本大使大島に伝えられた。ここまでは、筆者はその研究を行なったドイツ気象学者から直接聞いた。しかし、日本国内で、その情報がどう処理されたか、役に立ったかはわかっていない。残念ながら、当時の日本の高層気象学の水準から、生かされなかったのではないかと推測する。
(8) アメリカはB29による日本本土空襲の時、特に1944年12月から1945年8月まで、対流圏の偏西風の状態の解析・予報は作戦計画・実行に欠かせなかった。特に冬、北緯30−35°では対流圏の偏西風が地球上で最も発達することは当時まだ知られていなかった。上記(3)の知識不足に関連している。

チベットの気候と地球温暖化

 上記のような約70年前の観測・調査・研究状態を考えると、最近のチベット高原・ヒマラヤ山脈の気象・気候に関するわれわれの知識は想像もつかないほど豊富になり詳しくなった。ここでは、最近の状況を若干紹介したい。
 (図1)はチベットの拉薩(ラサ)における1961〜2010年の気温変化傾向を示す。赤は各年の値、薄緑の直線は傾向線である。この直線の式は y = 0.0508 x + 6.7052である(張ほか、2013)。したがって、このデータの最近50年間においては、2.54℃ 上昇したことになる。非常に大きな値で、ラサの都市化によるヒートアイランドの影響が、地球規模の温暖化の影響にさらに加わっていると考えられる。

(図1)チベットのラサにおける1961−2010年の気温変化傾向(張ほか、2013による)

 拉薩(ラサ)以外の若干の地点における上昇率は、同じ50年間に、林芝で1.51℃、那曲(ナッチュ)で2.64℃、日喀則(シガゼ)で1.50℃、獅泉で1.97℃、昌都(チャムド)で0.64℃であった。拉薩と北方のゴルムトを結ぶ交通路上の大都市、那曲でもやはりヒートアイランドと地球温暖化の影響が顕著である。
 このように、チベットの諸都市における温暖化は顕著であるが、広大なチベット高原全体の状況については、不明である。現在のところ、周辺のアジア地域の気象に影響を及ぼすほどの温度変化はしていないとされよう。
 (図2)には拉薩の降水量の50年間の変化傾向を示すが、増加傾向は僅かである。

(図2)チベットのラサにおける1961−2010年の降水量変化傾向(張ほか、2013による)

 しかし、僅かとはいえ増加しているのは、夜間から早朝の雨が多いチベット高原の熱的・水蒸気的な変化が生じている証拠であり、不気味である。今後、目が離せない。  

チベットの冬の温暖化

 チベット高原上の気象観測所の観測結果で、最近の温暖化傾向がはっきりしているのは、冬の霜日期間の短縮である。(図3)はラサにおける1961年から2008年までの初霜日・終霜日・霜日期間の変化を示す。

(図3)チベットのラサにおける1961−2008年の初霜日・終霜日・霜日期間の変化(楊ほか、2011による)

 1960年代以降、ゆっくりと変化し始まり、1980年代以降の変化は顕著である。ここで、霜日とは、百葉箱内の日最低気温が−2℃以下の日と定義した(楊ほか、2011)。動植物の生活、農作物の栽培には霜の期間の長さが重要だから、霜日期間の長短は大切である。
 (図3)で重要なことは、1980年代以降、初霜日の発生が遅れ、終霜日の発生が早まり、したがって、霜日期間が短くなってきたことである。そして、さらに重要なことは、それぞれ初霜日の変化傾向、終霜日の変化傾向は明瞭であるが、年々の変動が大きくなってきた事実である。これは生物のサバイバルにとって見逃すことができない由々しき事実である。
 無霜期間のチベット高原上の分布を(図4)に示す。ここで無霜期間とは日平均気温が0℃以上の初日から終日までの期間と定義した(張ほか、2013)。チベット高原の南東部で340日以上、ラサを含むヤルンツァンポ川の谷に沿って300日以上、高原上のほとんどで250日以上である。
(図4)チベット高原における無霜期間(日平均気温0℃以下の終日から初日までの期間)の分布
(張ほか、2013による)

 なお霜の分布は局地的な地形に敏感に左右される。チベット高原上では海抜高度よりも微地形条件に作物栽培が大きな意味を持つのはそのためである。したがって、(図4)は大まかな傾向の参考として捉え、実際にはさらに局地的な判断が欠かせない。


[文献]
楊 志剛ほか、2011:西蔵自治区気象災害気候図集(1961−2008年)。気象出版社、北京。
張 核真ほか、2013:西蔵自治区気候図集(1971−2000年)。気象出版社、北京。


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