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連載エッセイ [21]
異常気象時代のサバイバル
吉野正敏

 
過去2000年の気候 ― その変化・変動の研究 ―
歴史時代の気候

 歴史時代を過去何年とするかは、国によっても、地方によっても異なる。いわゆる歴史時代の長い中国や中近東・地中海地方の国ぐにでは5000年にもなるが、日本などは約2000年とする。歴史学ではいろいろな条件や人間活動の状態を基準にして厳密に決定する。しかし、気候の変化・変動の研究のような主として自然科学者がたずさわってきた場合、歴史時代の定義・年代などは厳密でなかった。ここでは、過去2000年として捉えることにしたい。
 世界の中で、比較的豊富に気候・天候・毎日の日記などを記録した文書が残っているのは、エジプトが約5000年前から、中国が約4500年前から、南ヨーロッパが約2500年前から、北ヨーロッパが約2000年前から、日本が約1500年前から、アイスランドが約1000年前から、南北アメリカでは約500年前からである。歴史気候学の研究はこれらの資料によって成り立っている。もちろん、近年になるほど資料の量は増加し、質的にも良くなってくる。サバイバルの問題を多少なりとも量的に考察し、将来の行動を考えるには、これらの資料を解析した結果を参照しなければならない。

中国の過去2000年の気候

 最近、中国における過去2000年の気候変化・変動に関する総合的な報告が発表された(葛全勝 他、2014)。この総合報告は長いものではないが、今日、中国の歴史気候を研究する中心の大学・研究所に所属する7名の代表者による共著となっていて、現段階におけるまとめとみてよいであろう。
 (図1)は過去2000年の気候変化と変動の状況を示す。(上)は日記・公的文書などの記録から復元した結果とシミュレーションによる結果で、中国の平均では温暖期でも寒暖の振幅は約1.1℃、100年間における変動で、0.6℃である。また、この2000年の間では紀元1000年から1300年頃までの温暖期が注目される。細かく見ると、紀元1‐200年、550‐760年、950‐1300年、1900年以降とされる。寒冷期に着目すれば、210‐350年、420‐530年、780‐940年、1320‐1900年である。
 (図1)(下)は小さい波の周期分析をした結果である。縦軸は周期をとってあるので、200‐400年周期、600‐900年の周期が顕著なことがわかる。著者らはこれをまとめて、200‐300年、約700年の周期としている。しかし後者の700年周期は、解析した2000年間には二つしか山が出てきていない勘定になるので、将来予測に役立てるには慎重でなければならない。
(図1)(上)中国における過去2000年の気温の変動。青・赤はシミュレーション(詳しくは文献Qe et al.(2013) を参照のこと)と日記・公的文書などの記録から復元した値の解析結果。
(下)その小さい変動の周期分析の結果。[(上)(下)いずれも、葛 他(2014)による]

 以上の結果をまとめ、それぞれの温暖期における平均気温偏差をまとめると(表1)のとおりである。

(表1)中国の過去2000年間における4回の温暖期の気温偏差 (葛 他、2014による)

温暖な期間 最暖の100年 最暖の30年

(西暦) 期間 気温偏差 期間 気温偏差

1‐200 年 31‐130 年 0.23 ℃ 91‐120 年 0.31 ℃
550‐760 661‐760 0.27 691‐720 0.37
950‐1300 1191‐1290 0.39 1231‐1260 0.51
1021‐1120 0.38 1081‐1110 0.44
1901‐2000 1901‐1200 0.29 1971‐2000 0.43
1931‐1960 0.32


 この(表1)を見ると950年から1300年にかけた温暖な時代が最も気温偏差が大であった状況がわかる。この連続エッセイや著書で筆者が論述したように、中国では唐の時代、日本では平安時代に代表される温暖な環境が特筆すべきものであった(吉野、2011)。気候条件はサバイバルに最高の時代であった。

東アジア・東南アジアの温暖期・寒冷期

 上記の中国の寒暖の波は世界の傾向と一致するのであろうか。東南アジアとはどうか。日本とはどうか。非並行性が強い6世紀から10世紀頃を考えてみよう。
 東南アジアにおける記述では6‐7世紀メコンデルタの遺跡はデルタ北方の後背地に残された古い砂丘列の上や南シナ海に面した新しい砂丘列の上にある。6世紀末から7世紀にかけて、人びとはカンボジャ平原に進出し、海への出口を獲得した。7〜8世紀、ディエン高原はヒンドゥー教の聖地となり祠堂がたくさん建設された。
 8世紀、コーラート、カンボジャ平原の人たちも国際都市との交流を求めた。クメールは9世紀再び統一の時代に入り、アンコールワットがクメールの勢力範囲の中心であった。しかし、9‐10世紀には国際交易が衰退し、再び復活したのは12世紀であった。
 これらの活動は(表1)に示されている中国の550‐760年、1191‐1290年の温暖期と非常に良い対応を示している。気候条件の果たす役割が小さくないことを物語っている。
 ただし、ここで一つの問題がある。ここで解析された東アジアの変化が世界(北半球)の傾向とは異なって、小さな寒冷期がはさまっていた点である。550‐760年東アジアは温暖期であったが、北半球規模でみると寒冷期である。また780‐940年は中国では寒冷期だが北半球規模では温暖期であった。東アジアの中でも、日本も温暖期で政治・経済ばかりでなく文学・仏教・芸術などの文化面でも最高の展開を示した時代である。

サバイバルへの対処の研究

 このように、世界規模・半球規模のスケール、東南アジア・東アジアくらいの地域スケール、東アジアの中の中国・日本くらいの地域スケールで変動・変化の波の位相や振幅の差がある。その解明が、今後の課題である。例えば、周期・振幅が同じでも位相がずれていれば、サバイバルが可能になる場合があろう。歴史に残る“民族の大移動”も、この一つの解決策であったかもしれない。最近の現象では“難民”がある。政治・経済条件が根底とされるが、さらにその背景に、過酷な気候条件があることは誰しも認めるであろう。しかし、その解明の研究はほとんどされていない。

[引用文献]
葛 善勝 他(2014):過去2000年中国気候変化研究的新進展。地理学報、69(9)、1248-1258。 Ge, Q.S. et al.(2013): Temperature changes over the past 2000 years in China and comparison with the northern Hemishere. Climate of the Past, 9(3), 1153-1160.
吉野正敏(2011):古代日本の気候と人びと。学生社、198ページ。


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