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連載エッセイ [41]
暮らしの中のバイオクリマ
吉野正敏

 
歴史時代の気候変動
 
過去2,000年の気候の寒暖

 歴史時代の中の過去2,000年の間、気候は大きく変動した。最も信頼にたる変動の復元は(図1)に示すとおりである。この図は世界の研究者が討論しつつまとめた結果(Intergvernmental Pannel for Climate Change, 気候変動に関する政府間パネル、通称IPCC)である。
(図1)IPCCがまとめた最近の2,000年間の北半球の気温変化。(IPCCによる)

 歴史時代における気候と人間生活や動植物の生活との関係などを考察する場合、最も基礎とされる。筆者の『古代日本の気候と人びと』(学生社)でもこの結果を参照した。アジア・ヨーロッパはもちろん北半球全体に、ほぼ同じような変動があったと考えられている。最近では南半球も同様であったと言う研究結果が発表されている。
 この(図1)を見て、最も明瞭なことは、約1000年から1350年頃までの温暖な時代と、1550年頃から1660年頃までを寒冷の極とした、やや長い寒冷な時代が認められる点である。前者を欧米では中世の温暖期と呼び、後者を小氷期と呼ぶ。欧米特にヨーロッパではローマ帝国が崩壊した4世紀末までを古代、その後を中世と呼ぶので、(図1)の温暖期を中世の温暖期と呼んでよいが、日本では12世紀末の平安時代後期までを古代とし、その後を中世とするので、この温暖期を“中世の”温暖期と呼ぶわけにはゆかない。後で述べるように奈良時代(8世紀)や平安時代初期(9世紀)は温暖で、日本は歴史上で国の政治・経済・文化が発展した重要な時代である。日本史の定説を覆してこの時代を中世と呼ぶわけにはゆかない。したがって気候小最良期または気候小最適期と呼ぶとよいと思う。ちなみに、気候最良期・気候最適期というのは5,000年くらい前の縄文時代の温暖期をいう。これは学界ではすでに確立されている。
 (図1)をさらに詳しく見ると、(紀元1〜2000年までの期間)以下のことが読み取れる。
(1) 紀元後、1〜270年、841〜1290年、1911〜2000年は温暖であった。
(2) 数十年の時間スケールで見ると、変動はあるが上記以外の期間、すなわち、271〜840年、1291〜1910年の期間は寒冷であった。

中国における過去2,000年間の寒暖の波

 最近、中国で過去2,000年の寒暖の波についてまとめた結果が発表された(葛ほか、地理学報、68、579−592、2013)。その結果は中国の全容を明らかにするばかりでなく、日本を含む東アジア全般の状態に関する情報としての価値が高い。(図2)はその1部である。
(図2)最近2,000年間の中国における気温の変化。(a)東中国(中国東部)の北部、(b)東中国の中央部、(c)東中国の南部、(d)中国北西部、(e)チベット高原、(f)全中国、(g)北半球全体。(葛ら、2013による)

 (図2)からわかることを列挙すると以下のようである。
(1) 中国全体で見ると、ほぼ1〜200年、551〜760年、941〜1300年、1901〜2000年の期間が温暖である。
(2) 全中国で見ると、941〜1300年の期間が過去2,000年間で最も温暖であった。
(3) 東中国(中国東部)の北部と中部では波の状態がかなり異なる。これは東アジアでは温暖期と寒冷期で強く支配する大気循環系が異なるためか?
(4) 上記の(1)と(2)は5〜8世紀、12〜13世紀では波の高低がほぼ逆位相である。
(5) しかし、18世紀以降、位相は並行している。これは人間活動の影響が強くなってきたためか?
(6) 中国東部の中央部の変化傾向が中国全体の傾向を支配しているようにうかがえる。そうして、北半球全体の傾向とほぼ合致している。
 以上のような事実が読み取れ、さらに研究すべき事柄も浮かび上がって来た。特に上記(3)は日本の中についての今後の研究が待たれる。

関連する現象の2〜3

 上に述べてきた事柄はどのような現象に関連するのであろうか。まず誰でも思いつくのは中国では隋(589−618)の統一、日本では飛鳥文化の開花の時代がこの温暖期であったことである。隋・唐の対外発展、唐の世界帝国の完成、東西文化の交流の有力な下支えが気候の好条件であったことは間違いなかろう。ただし、こう書くと、かならず早とちりする人がいて、気候が原因で人間活動が結果だと読む人がいる。わたくしは、原因・結果だと言っているのではなく、気候は条件の一つであって、ちょうど好適な条件で人間活動を下支えしたことを言っているのである。あくまでも人間活動が主体である。これがバイオクリマからの捉え方の重要な点でもある。
 東南アジアでは諸国が勃興した。ボロブドゥ−ルやアンコールワットの遺蹟を生みだした文化が栄えた。その後、気候が寒冷化するのに従って蒙古族が勃興し、元(蒙古帝国、1271〜1368年)が成立した。
 最近の数十年で見て、植物季節は温暖化のため春が早くなっている。例えば、中国北部では1963〜2000年の観測結果で、10年につき2.22日、同じく中国東北部(旧満州)では1.52日早くなっている。これは霜の発生回数が温暖化のため少なくなってきているためである。これらの現象は当然ながら、農業や林業の経営に重要な情報をもたらしている。
 また別の研究では、中国における115地点の1962〜2011年の気象観測値を分析して以下の事実を明らかにした。
(1)寒い日、寒い夜、冬日(結氷日)、霜日、低温継続日数の減少傾向は10年につき、それぞれ0.84、2.78、0・48、3.29、0.67日であった。
(2)一方、暖かい日、暖かい夜、夏日、熱帯夜、高温継続日数の増加傾向は10年につき、それぞれ2.24、2.86、2.93、0.83、2.30日であった。
(3)これらの減少傾向、増加傾向はたとえば揚子江流域で見ると上流部・中流部・下流部くらいの地域スケールで異なる。
 したがって、約2000年の間の波は十年・数十年・数百年の時間スケールで見るとまたそれぞれに対応した地域スケールの差があることを承知していなければならない。


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