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連載エッセイ [35]
暮らしの中のバイオクリマ
吉野正敏

 
歴史時代のヒートアイランド
 
ヒートアイランド発達史

 ヒートアイランドは善玉か悪玉か。これまで、ヒートアイランドは晩秋から冬の晴れた風の穏やかな夜から明け方にはっきりし、温帯から寒帯にかけた都市ではむしろ歓迎されていたように思う。
 ところが最近、温帯や亜熱帯の都市では晩春から夏にかけて、日中の最高気温にヒートアイランドが強調され、猛暑・酷暑がより深刻になるので、悪玉に変って来た。
 善玉にせよ、いつごろからはっきりして来たのか。悪玉の顔はいつごろから見え始めたのか。今回、これまで知られていることを少し紹介したい
 この連続エッセイ[24]で、ヒートアイランドの19世紀頃の話や、現代都市におけるヒートアイランドと天気・風との関係を書いた。また、日本の5世紀頃の話にも触れた。今回はもう少し系統立てながらヒートアイランドの歴史に触れたい。測器による観測以前の時代だから、推測の域を出ない。しかし、これまで推測すら行われていなかったのである。

ヒートアイランドの指標

 古代から現代に至る歴史時代、ヒートアイランドが形成されたことの指標になる現象が、幾つかある。都市に関する社会学あるいは工学的な研究や、地理・歴史はもちろん、医学・環境学など生活者の立場からの研究がこの指標を解明して来ている。
(1) 人口:考古時代以来の都市人口について、考古学者・歴史学者による推定値がある。精度に問題があるにしても、唯一の数値で、人口とヒートアイランド強度との現代都市における統計的な関係を参考にして、各時代のヒートアイランド強度を推定できる。
(2) 人口密度:現代の都市では人口の絶対値よりも、人口を都市面積で割った人口密度の方がヒートアイランド強度のよりよい指標だと言う研究もある。しかし、古い時代の都市面積の推定は非常に難しいし、人口が集中する地域いわゆるビルト・アップ・エリアの古い時代の状態はおそらく推定不可能であろう。
(3) 都市内外の建造物密集度:木造小住宅(長屋)の密集、狭い路地による天空率の減少など、建物の集合による地表面熱収支の変化は大きいので重要な指標である。
(4) 都市火災:都市人口・建築物の集中による出火件数の増加し、大火の発生・延焼は多くなる。逆に都市大火の発生頻度はこれらの集積の指標で、これがさらにヒートアイランド強度が形成の指標になる。江戸の大火、ロンドンの大火などはその好例である。
(5) 疫病発生・衛生環境悪化:下水処理・汚物ごみ処理などが十分に行われず伝染病対策も不十分であった時代、伝染病・疫病などの発生回数は人口集中・大気汚染の指標であり、ヒートアイランドの指標である。
(6) 馬車交通:ヨーロッパでは馬車が巻き上げるほこりによる大気汚染・環境悪化が大きかったが、日本では考慮しなくてよい。

日本の都市ヒートアイランドの歴史

 日本では5世紀頃からヒートアイランド形成を推定させるにたる“記紀”の記述があることは連続エッセイ[24]で述べた。その後、7世紀には形成は確立したと考えてよいであろう。すなわち、この時代、都市の気候環境への人間活動・人口集中・建物群の集中などが明瞭になった確証があるからである。古代都市である平城京・平安京はそれぞれ人口約10万人と専門の研究者によって推定されている。この時代、人口が約数千(1,000のオーダー)でヒートアイランド強度0.5℃以下が認められたと推定されるので、奈良時代初期(8世紀初め)にはヒートアイランド現象は日本に存在していたと言ってよいであろう。

近世都市の絵図から

 中世以降、「お伊勢さん」として伊勢参りが盛んになった。その背景には御師(おんし)の存在があった。御師とは宿泊所の手配・移動の整備・途中の要衝までの送迎など、最近の旅行会社の役割をはたした。全国をまわって、「伊勢暦」を配り・「両宮曼荼羅(まんだら)」を配った。前者は農事暦で、後者はガイドマップであった

(図1)伊勢神宮の“両宮曼荼羅(まんだら)”。内宮と外宮の門前町、その間の参拝者の密度、町家の配置・密集度、その混雑と対照的な内宮・外宮内の神事などがわかる(エプタ、60、2013による)。

 「おかげ参り」は約60年の周期で日本全国から人びとが伊勢におしよせる現象である。1830年(文政13年)の「おかげ参り」では半年間に500万人に近い参拝客があったと言われる。これには、御師による仕掛けがあったと言われるが、とにかくこれだけの人数を支える土地の人、臨時に流入する人口はきわめて大きな値で、生活に消費されるエネルギーはヒートアイランド形成を強めたであろう。
 また、御師は宇治の自治会組織で、御師と呼ばれる中級・下級神職と共に居住地域を形成していた。最多の時には宇治に300家、山田に600家あった。内宮の前には「おはらい町」を展開し、町の通りの両側には御師邸が軒を連ねた。伊勢全体では100以上の世古(せこ)と呼ばれる細い路地があった。伊勢についてはこれだけの近世都市の都市構造・都市内活動が知られている。門前町という特殊性、すなわち工業活動は考慮しなくてよいという特殊性も考慮して、ヒートアイランド形成の量的推定は可能であろう。
 絵図は非常な情報源であることの例をもう一つ上げよう。(図2)は“江戸年中行事絵巻”(京都の善峰寺蔵)の中の元禄期(17世紀末)の江戸の町家の絵図である。

(図2)江戸の元禄期(17世紀末)の町家(江戸年中行事絵巻による)。

 屋根は藁葺きか、石置きか、板葺か、瓦葺きかなどがわかり、すでに半2階の家もある。大通りと、その横道の路地も描かれている。都市内建築物の状況に関わるヒートアイランド推定にいくつもの情報をもたらす。


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