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連載エッセイ [30]
温暖化と生きる
吉野正敏

 
伊勢の風
 
御祭風(ごさいかぜ)

 伊勢神宮では、年間に千数百回のお祭りがあるそうである。とすると、平均、毎日3回ないし4回のお祭りがあることになる。俗人の私の感覚では、そう言う行事は“お祭り”ではないような気がするが、とにかく祭りと言われる。その中で特に年3回、“月次祭”があり、例えば、旧暦6月17日の“月次祭”のころに吹く風を“御祭(ごさい)”とか、“御祭風”とか、“御祭の風”と言う。
 この御祭風は、旧歴6月半ば過ぎに1週間くらい、吹くと言う。気候学的に推測すると「梅雨が明け、北太平洋高気圧(小笠原高気圧)が張り出してきて日本列島を覆い、1年の中で、突風や強風が最も吹かない時期である。」伊勢地方は南西〜南〜南東の風で、地形の影響で東のところもある。海岸部ではおだやかな“海風日和”であろう。神様が吹かせる風として“御祭風”は最もありがたい風であることは間違いない。農作物が風の被害を受けないことを祈る。これが1年中で最も大切な行事であることはよく理解できる。
 したがって、歴史時代以前の縄文時代における狩猟・漁労民の風の祈りの代表的なのはアイヌの東風を鎮める祭りである。伊勢の風の主な範囲より北の広い北日本・東北日本の太平洋側に分布する。

龍田大神

 風の祭りで最も有名な神社は、大和の国(現在の奈良県)にある龍田大神の“風の神”である。『日本書紀』の天武天皇紀4年(675年)に、龍田大社で風を祭ったと言う記録があり、これが最も古い記録であると皇學館大學の河野 訓(かわのさとし)助教授はのべている。すなわち、風の神の祭りが行われようになった経緯は『延喜式』に収められている古代の祝詞『龍田風神祭祝詞』にある。(現代語に訳すと)
“。。。。崇神天皇の時代、何年も穀物が稔らなかった。。。。天皇は夢の中で。。。。天の下の公民が作る作物を稔らせないのは。。。。天の御柱の命・国の御柱の命。。。。”
だと知った。
 私は、祝詞の内容をすべて自然科学、特に気候学や気象学で解釈するわけではないが、もし独断を許されるならば、「天の御柱」とは「気候」を、「国の御柱」とは「土壌」を司る神のこととも言えるのではなかろうか。あるいは、「天の御柱」とは大スケールの偏西風・季節風を司る神のことで、「国の御柱」とは地域的・局地的な中・小スケールの風を司る神のことではなかろうか。いずれにせよ、自然環境を分類したり、スケール別に風を捉えるという気候学・気象学的にかなり高度の現象認識に、この祝詞は基礎をおいていると判断してよいのではあるまいか。

日本の古代史において

 大化の改新が645年に始まり、660年より律令制国家が始まった。660年代の日本は人びとの生活や思考に科学的な要素が強くなり確立し始めた時代である。例えば、時を知らせる漏刻(水時計)を中大兄皇子が造ったのが660年、漏刻によって時刻を計り、鐘鼓を打って時刻を一般に報知し始めたのが661年である。また、占星台の設置が661年である。これは単なる“星による占い”ではなく、より正確な歴の作成に繋がる仕事を司る官制部署である。天武天皇が皇后の発病により薬師寺の造立を発願した、言い換えれば、バイオクリマの把握・対策・対応の思想が現実の行動に現れ始めたのが、680年である。
 そして、このような7世紀から8世紀は日本をとりまく東アジアの気候は、歴史時代の中で(ごく最近の20−30年を除いて)最も温暖な“小さい気候最良期”と呼ばれる時代に入っていた点をここで指摘しておきたい。この温暖期は10世紀前半まで続いた。

風の神を祭る神社の分布

 『古事記』には志那都比古(しなつひこ)神という風の神がでてくる。伊弉諾尊・伊弉冉尊は国生みに続く場面で、神がみを生む。その中に風の神もあった。『日本書紀』には級長戸辺命、またの名を級長津彦命としている。また、上記のように天の御柱命、国の御柱命も風の神であり、種々呼ばれ方は異なるが、いずれも同じ一つの風の神と考えられれている。
 “科戸の風”・“級長津彦”・“級長戸辺”・“志那都”などの“シ”は息を意味する。“ナ”は現代語の“ノ”の意味である。“ト”は“ところ”の意味だから、“しなの”とは“風の吹き起るところ”のことである。
 名称はいろいろだが、上に述べた風の神を本殿の主祭神とする神社の数の分布は(図1)に示すとおりである。

(図1)風の神をまつる神社の分布
(河野 訓2007、神道文化公開講演会報告集、第8集の資料により吉野作図)

 極めて興味あるのは、朝鮮半島に最も近い福岡県で最大の15、瀬戸内海を経て海路で大和に繋がる位置にある広島県で11、で多い。また、伊勢から海流(黒潮)を利用して東進できる限界の茨城県で13、そしてそれらの中継地の諸県で多い。風の神を祭る現存する神社の分布に、神話時代の“風の神”思想の伝播の結果が伺えるのは非常におもしろい。

近世の伊勢地方の台風

 近世(1701〜1887年)の近畿・東海地方を襲った顕著な台風の旬別頻度と、同じくその近世以降(1888〜1995年)の状態を(図2)に示す。近世では9月上旬のいわゆる二百十日ころに極大を示していた。ところが、19世紀末から20世紀末までのほぼ100年間には、9月上旬の極大がなくなってしまった。

(図2)近畿・東海地方を襲った顕著な台風数 (上)近世、1701〜1887年 (下)1888〜1995年
(水越允治2007、神道文化公開講演会報告集、第8集による)

 また、7月中旬や10月上旬にも落ち込みがみられる。これらの現象の理由の解明は今後の問題であるが、温暖化の影響が先ず考えられる。近畿・東海地方は暖候季における小笠原高気圧の発達の影響を最もよく受けるところだからである。
 伊勢の風の変化はわれわれが関心を持たねばならない重要な現象の一つである。


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