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連載エッセイ [26]
異常気象を追う
吉野正敏

 
偏形樹と風雪
 
冬山の偏形樹

 湿潤な温帯や亜寒帯の山地の冬は風雪が強い。雪をともなう強い西風は針葉樹の成育をさまたげる。雪が積もってしまうと積雪の中に埋もれた枝や葉はかえって極端な低温からまぬかれ、風にもさらされず、翌春まで“雪のふとん”にくるまって、厳しい寒さから逃れることができる。
 このような状態は、温度だけでなく風がかかわっている。その過程は簡単ではない。樹の幹でも電柱でも同じだが、直立している柱の風上側には風が運んできた雪片が付着する。一つ一つは魚雷の形をしている。日本の登山家は“えびの尻尾”と呼んだ。専門用語では樹霜(シルバーソゥ、silver thaw)という。これがびっしりへばり着く。そして、風上側へ風上側へと発達してゆく。雪の湿り具合にもよるが20−30cmは普通でときには50cmくらいまで風上の方向に発達する。
 個々には魚雷型でも、それがびっしりくっ付いて成長した部分は次第に重くなり、耐えられる限界を超すと、全体がいっしょにバッサリ落ちる。このとき、幹の風上側にもし枝や葉があれば、いっしょに落とされる。幹の風上側は風に対してまる裸の状態になり、風に晒されて温度がさがり、より低温になる。芽もいっしょに落とされ、もし、残っていたとしても、低温のため枯死してしまう。結果として、風上側には枝がなく、風下側にだけ枝葉が着いている偏形樹になってしまう。

(写真1)日本の冬の亜高山帯の偏形樹。
長野県と群馬県の境にある四阿山(あずまやさん)の南、海抜2160m付近にて、季節風の吹き出し直後。
 (写真1)は日本の中部地方以北の山地、亜高山帯以上で、一般的に見られる雪をまとった冬山の偏形樹である。もちろん、日本ばかりでなく、北アメリカのロッキー山脈や海岸山脈でも、同じ形のみごとな偏形樹が見られる。亜高山帯の下限の海抜高度は言うまでもなく、高緯度ほど低いから、このような偏形樹が分布する下限は高緯度ほど低い。ヨーロッパアルプス、タトラ山脈などでも同じ偏形樹があり、たくさんの研究がなされている。樹種はどこでもシラベ・オオシラビソ・トドマツなどのAbiesの仲間や、トウヒなどのPiceaの仲間などである。

蔵王山のモンスター

 日本の蔵王山の樹氷(モンスター)は有名だが、これは、上に述べた偏形樹になる前に、湿った多量の雪が樹の全体を覆ってしまった場合である。したがって、世界的に見れば、極めて特殊な条件が重なってできる貴重な景観である。
 その原因を考えてみると、(1)日本海岸からの距離が短く、日本海からの水蒸気の供給が豊富なこと、(2)温帯山地としては緯度的にその南限に近いので降雪地域としては気温が高いから、雪が湿っていること、(3)冬の偏西風(温帯西風ジェット)が最も発達する位置(緯度)にあること、(4)日本の本州の形が東北地方では南北に走り、西風が奥羽山脈を直角に強く吹きこす位置にあること、(5)緩やかな傾斜をもつかなりひろい火山斜面があって、針葉樹が点在する植生であること、などの条件が重なったためである。
 これらを総合して、初めて蔵王山の樹氷(モンスター)が現れるのである。つまり、世界的にめずらしいことになる。

夏の姿

 (写真2)は夏の状況である。画面の中央付近に、風上側は枝がなく、風下側にだけ枝があり葉を着けているアオモリトドマツ(Abies mariezii)がある。日本の山地ではよく見られる。画面の右下にも樹高はやや低いが同じ形式のアオモリトドマツの偏形樹がみられる。
 これらの突出した偏形樹の下部はハイマツ(Pinus pumila)とササがじゅうたん状に一面に地面を覆っている。冬にはこの部分は積雪の中に埋もれている。

(写真2)夏の亜高山帯の偏形樹。長野県八方尾根にて。
地球が温暖化したらどうなるか

 気温がかりに3℃上昇したとすると、気温の海抜高度にともなう逓減率、約0.7℃/100mで垂直的な変化に置きなおすと、亜高山帯の植生の下限や上限は約400mも上昇することになる。しかし、どこの地域にも先住民がすでにいるのだから、侵入してゆくところでは抵抗に会い、やすやすと処女地にはいるようなわけにはゆかない。かりにそのため高度の移動を半分の200mとしても、これまで、限界高度が海抜1,800mだったのが2,000mになるのだから、大変なことである。
 しかも、風雪の影響は上述のように単純ではなく、気温だけできまるわけではない。まず、日本海の海面水温は(その程度は不明だが)たかくなるから水蒸気の供給量は多くなるであろう。冬の西風ジェットは弱くなるであろうから、山地の風速は弱くなろう。したがって、“えびの尻尾”群の落下によって晒されるときの温度低下の程度は弱くなるであろう。しかし、枯死する限界値(閾値)を超すか超さないかが問題なのだから、絶対的な低温は関係ないのではなかろうか。ただし、蔵王山のような特殊な条件をそなえた地域が、どこか、同じような地形や植生条件をもつ東北地方の北のほうの火山斜面に移動する可能性はある。
 また、重要なことは、温暖化によって樹の新芽や新枝が伸びて何年か経っても、必ず寒冷で風が強い冬があることである。このとき、枝の風上側には“えびの尻尾”ができ、発達して落下するとき枝も落ち、新芽は枯死する。したがって、亜高山帯の海抜高度が多少上昇しても、ここに記述したような偏形樹はなくならないであろう。樹にとって、異常気象の影響の受け方は簡単ではない。ある年の異常と、長年の長期間にわたる異常とは区別して考えなければならない。山地の偏形樹はこのよい一例であろう。

風の絵

 風を感じさせる絵は古今東西たくさんある。ゴヤと言えば、有名な『横たわる裸婦』の絵のイメージしか持っていなかった筆者は、あるとき、マドリッドのプラド美術館でゴヤの絵を年代を追って見たときに、若い時代にゴヤが偏形樹をあしらった絵をたくさんかいているのに驚いた。例えば、“日傘”と題する絵は、若い男女が日傘をもっているポーズが主題だが、右後ろに広葉樹の偏形樹がある。構図上あしらったものに過ぎないが、太陽の強い日差しを防いでいるばかりでなく、強い風からも女の顔をまもっている。そして、偏形樹とともに、強い風の存在をみる者に感じさせる。

(写真3)ゴヤ(1746−1828)が画いた“寒風の中をゆく農民たち”
 (写真3)は雪の中を農民たちが、ロバを引いて歩く姿を画いている。特に左の男の姿は異常なまでの寒風を感じさせる。画面の配置構成は黄金分割で解釈できるが、幾つかの主要な点を目で追う役目を偏形樹が助けている。そして画面の構成を近くと遠くの偏形樹がしめくくっている。偏形樹の幹と枝ぶりは写実だと言ってしまえばそれまでだが、よく見て表現していることに筆者は感心する。ゴッホにも偏形樹の絵があり、アムステルダムのファン・ゴッホ帝国博物館に2枚ある。詳細は紙面の都合で省略する。
 これらの絵、例えば(写真3)は異常気象を画いているのか、寒風の中の日常を画いているのか、にわかには判定できない。もしかすると、その両方を捉えているのかもしれない。画家の筆は気象観測値以上を表現する場合がある。


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