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連載エッセイ [23]
異常気象を追う
吉野正敏

 
寒波 ―2009年1月―
 
ヨーロッパの寒波

 2009年初頭、東ヨーロッパを中心としてヨーロッパ全域に寒波が押し寄せた。正に異常気象であった。この寒波と時を同じくして、ウクライナとロシアの間に天然ガスパイプライン使用の権益・価格・支払い問題などを理由にして問題が起こった。そもそもは、ウクライナのいわゆるオレンジ革命以後、ウクライナ政府の西側寄り政策によい気持ちをもっていなかったロシア政府が、『ウクライナ政府が代金を支払わない』ことを理由に、天然ガスの供給を止めると圧力をかけたことに始まる。
 ウクライナを通じて送られたロシアのガスを使用している国は東ヨーロッパばかりでなく、西ヨーロッパのほとんどの国である。ABC順にかくと、オーストリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、クロアチア、チェコ、ドイツ、ギリシャ、フランス、ハンガリー、イタリア、マケドニア、ポーランド、ルーマニア、セルビア、スロヴァキア、スロヴェニア、トルコである。これらの国々の合計で、その約40%の量がロシアに依存しているといわれる。スロヴァキアは100%ロシアに依存しているが、備蓄があったため、今回は非常事態宣言を出すにとどまった例もある。
 暖房のためのエネルギーカットは、家庭レベルでも、“冷たい戦争(Cold War)”を強いられた。政治に起因する寒波を意味し、異常気象の寒波の影響を倍加した。すなわち、今回の寒波の影響は、単なる低温ばかりでなく、国際政治がからんだエネルギー供給問題をともなった点で、異常気象の影響分析に新しい課題を提起した。今日までにわかっていることを、このエッセイ[23]にまとめた。

実態と被害

 2009年1月7-9日の段階で得られたヨーロッパの寒波の情報を国別に記述すると以下のとうりである。
 フランスでは、パリで1997年来の寒さ、−9℃まで下がった。特にフランス北部と北東部が低温であった。北部アルデンヌ地方では−20℃にまで下がった。家庭用の暖房増加のため電力需要が増し、供給がパンクし、送電カットにならないよう呼びかけた。雪で送電線が被害を受ける場合もあるので、あらかじめのキャンペーンを強力に行った。フランス南部の都市マルセイユは、普通の年は雪をみることはめずらしいが、この1月の寒波では豪雪により列車の運転に支障が出て、フランスの新幹線TGVの運行が麻痺した。12,000世帯の停電があった。エアーフランスは全部で400便のうち120便が欠航した。
 イタリアでは1月の第1週、トリノ・ミラノ付近で特に低温となり、積雪は最深40cmにも達した。空港は数時間も閉鎖された。
 ドイツでは、気象台発表によると2009年1月の寒波は100年に1度のもので、最寒の地域は−20℃以下、ドイツ西部では−16℃以下であった。ドレスデン近くのディッポルディスヴァルデ(Dippoldiswalde-Reinberg)で−27.7℃の記録が出た。ルール工業地帯やザクセンなどでは鉄道線路のポイント切り替え、列車のドアの開閉不具合などで、ところによって1時間以上の遅延が出た。
 北アイルランド、北部イングランドでは、道路面の氷結、凍雨や降雪のため、気象台は悪天情報を出して警戒にあたった。イングランド南部は−12℃まで下がった。高齢者に灯油購入の支援をした。
 ポーランドでは北部で−26℃まで下がった。ポーランド内務省の発表では低体温(いわゆる凍死)で2008年10月から2009年1月9日現在で233人が死亡した。2007年−2008年の冬には190人であったから、2008年−2009年の冬はまだ終わっていないのにすでに大幅の増加で、いかに厳しい寒さかがわかる。その内、100人以上がホームレスで、ワルシャワとその近傍で43人、多くがアルコール中毒であった。
 オランダでは12年来、初めての寒さのため、アムステルダムの北東の屋外リンクで、スケートの選手権大会を開くことができた。ベルギーでは10年来の寒さで−20℃まで下がった。1名死亡した。
 ウクライナでは1月初め、北部では−31℃になったという情報がある。南部のへルソン地方では−19℃、3人のホームレスを含む5人が凍死した。全土では、ウクライナ健康省の発表によると、738人が凍死した。7,500人以上が医者の診断を受け、その内の4,464人が入院した。
 ブルガリアでは黒海沿岸地域を中心に、少なくとも65,000世帯で暖房なし、学校では教室内が−18℃以下になった例も報告され、約100校が休校した。セルビアでも学校閉鎖が相次いだ。ボスニア・ヘルツェゴビナではガスの備蓄が0で、首都サラエボでは約10万世帯が暖房なしの状態となった。ハンガリーでもガス使用制限などで工場閉鎖、日本のスズキ自動車の工場も生産停止の日を過ごした。寒波は南ヨーロッパまでおよび、イベリア半島のバルセロナの街ですら雪達磨ができた。
 以上をまとめると、(1)ヨーロッパの北東部の国ほど低温。例えば、ポーランドで寒波が厳しかった。(2)一つの国の中では北東部ほど低温。例えば、フランス、ドイツ。(3)この(1)と(2)は、あとで(図1)に示すように、寒気が北東方向から侵入してきたためである。(4)東ヨーロッパでは、ガス備蓄の有無が寒波の影響の強弱を左右した。例えば、ブルガリア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナと対照的に、スロヴァキア、ルーマニアは備蓄があったので、被害は最小限に抑えられた。(5)地中海沿岸まで寒波の影響が大であった。例えば、マルセイユ、バルセロナ。

ヨーロッパへの寒気の流入

 ヨーロッパへの強い寒気の流入はどのような気圧配置のときに起こるのだろうか。(図1)はその模式的な状態を画いたものである。北極地方から南下してきた冷たい空気の塊が高気圧となってスカンジナビア半島・北海・イギリスを覆い居座っている。一方、東ヨーロッパ南部に中心をもつ低気圧があり、その間を北東の気流となって寒気が中央ヨーロッパから、さらに西ヨーロッパに侵入してくる。図中に大きな矢印で示してある。2009年の場合がそのよい例だがロシア西部・ポーランドが寒波の中でも特に気温が低かった。次いで、旧東ドイツ・オーストリア・東欧諸国となる。(図1)からもわかるように、地中海沿岸にまで寒波の影響が見られるのは、寒波が非常に強い場合である。

(図1)中央ヨーロッパに寒気が侵入し、ヨーロッパ全域が寒波に見舞われたときの気圧配置の模式図。
水色の太い矢印が寒気侵入の中心経路を示す。

 世界的に、数十年の時間スケールでみれば、温暖化していることは明らかである。しかし、(図1)の範囲くらいの地域スケールでみれば、ある年の冬には高緯度地方から強い寒気の南下・流入があり、(図1)のような気圧配置になれば、中央ヨーロッパからその周辺の西ヨーロッパ、東ヨーロッパに厳しい寒さをもたらす。
 一般的には、冬には地中海の海面温度は周辺の大陸の地表面温度より高温なので、低気圧が発生しやすい。この低気圧は東進するにつれ、進路は高緯度方向にずれてゆくが、(図1)のような位置にまでシフトするのは地球温暖化の影響があるのかも知れない。あるいは、ラ・ニーニャの時に出やすいなどの因果関係があるのかも知れない。これらは今後の研究課題である。さらにもう一つの問題は、このような気圧配置が数日から10日以上も持続することである。これは上空の偏西風の流れの状態の結果だが、どうして、そのような状態が持続したのか、われわれの知識はまだ不十分である。


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