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連載エッセイ [7]
異常気象を追う
吉野正敏

 
オーストラリアの干ばつ
 
干ばつとは何か?

 干ばつとは、数ヶ月から時には数年も連続して降水量が平年以下で、或る地域で水が不足する状態を言う。主として3種類に分類される。その1は、異常な気象状態に注目する気象学的な干ばつで、他の二つの干ばつより先に発生する。その2は、不適切な土壌管理とか農耕技術で弱くなっている農業とか、他の原因で弱くなっている生態系に発生する干ばつである。その3は、河川流量の減少、地下水位や湖水面の低下などによる水文学的な干ばつである。不適切な水利用による場合もあり、人間生活・動植物の生育に深くかかわる。上記の2の場合より長く持続する傾向がある。
 干ばつは他の自然災害と異なる幾つかの特徴がある。すなわち、(1)発生するのがゆっくりである。しかし、影響する時間(期間)が長く、上述のように、何年も継続することがある。そして、いつ開始したか、いつ終ったか決定するのがむずかしい。(2)どの地点(地域)にも適用できる厳密な定義がむずかしい。干ばつとは相対的な現象で、地点(地域)によって、内容(影響を受ける対象・程度)が異なる。(3)干ばつの影響は、建造物の構造などにかかわるものではない。したがって、定量的な被害の把握がむずかしい。また、他の自然災害による被害よりは、広い範囲の地域に発生する。これらが全体像をとらえることを困難にする。
 干ばつをもたらす気象学的な異常は、大気の循環場が長期間にわたって異常なために発生する。しかし、干ばつに弱いか、強いかは、人間社会の状態によって異なる。すなわち、人口の変化、人口の移動(地域間または農村から都市へなど)、人口学的特徴(例えば年齢構成など)、テクノロジーの発達段階、政策決定、環境問題意識、水利用政策、社会情勢などによって違ってくる。
 近年、このような考慮が強調され、上記の1.気象学的、2.農業的・生態系的、3.水文学的の3種類の干ばつの捉え方に、さらにもう一つ加えて、第4として社会・経済的な干ばつが明らかになってきたと指摘する研究者が多い。これは、降水量の不足が水・食料・水力発電などの価格に直接、敏感に反映し、広範囲の市場経済に影響するようになってきているためである。

オーストラリアの干ばつ

 オーストラリアでは、ある地点(地域)の干ばつを次のように定義する。すなわち、『ある地点(地域)における過去の3ヶ月連続降水量が、過去の観測値の統計からみて、低い方から10位より低い場合』とする。具体的には、必ずしもこのような定義に厳密にしたがわない場合も多い。
 オーストラリアの気象災害の中で、干ばつによる被害額は洪水に次いで大きい。(表1)はやや古い1989年の資料ではあるが、年間の総被害額の約4分の1に達することを示す。20年前の価格水準でも年間約380億円に達していたことがわかる。

(表1)オーストラリアの気象災害別の被害額。1989年の総額、単位はx100万米ドル。

気象災害名 被害額 同左の%

干ばつ 303 24
原野火災 68 5
低気圧 202 16
洪水 386 31
熱帯低気圧 258 21
その他 33 3

1,250 100
(Sturman and Tapper, 1996 の資料による)
オーストラリアにおける干ばつの歴史

 20世紀だけでも大きな干ばつの記録は、1902-03年、1914年、1937-47年、1965-68年、1982-83年、1994-95年の6回を数える。定義のところで述べたように、定量的ではないが、年数だけからいうと5年の内の1年はひどい干ばつに悩んできたといえよう。(表2)はその歴史をまとめたものである。オーストラリアの州の名などは(図1)に示す。
NARGIS
(図1)オーストラリアの州の名、夏の気候・気圧・気流など。

(表2)20世紀と21世紀初頭のオーストラリアにおける干ばつの歴史
被害の内容
1902年 1892年には1億6百万匹いた羊が5千4百万匹に減少。この影響を脱して1億匹に回復したのは1925年。
1902年4月-1903年5月 コムギの収穫皆無。ニューサウスウェールズ州のダーリング川流域。
1914年 オーストリア全国的にコムギ作の被害。
1937年-1947年 オーストラリア東部。
1965年-1968年 1957年以来オーストラリア大陸内部で乾燥。特に東部で1964-1965年にひどかった。1967年にはタスマニアで乾燥のため大火。1日に62人死亡、1,400棟焼失。
1982年-1983年 短期間から1年にわたる。20世紀最大の干ばつと言われる。1983年2月北西ビクトリア州で砂塵あらし、サウスオーストラリア州で林野火災のため75人死亡。強いエル・ニーニョで起こったこの干ばつは1983年3月、熱帯低気圧がオーストラリア南東部に襲来して終わった。
1994年-1995年 クイーンスランド州でひどかった。エル・ニーニョのときの大気循環型。1995年7-8月異常高温。コムギ・オオムギは50%減収。他の州から食料輸入。1994年6月、10市以上で灌漑水は皆無。1994年10月ダーリング川の上流水系網破壊。
2002年-2003年 オーストラリア全域で深刻な干ばつ始まる。夏作物の作付け面積はワタ52.4%、コメ69.3%減、生産高ではワタ62%、コメ71%減。
2006年 晩冬から春半ばまで降水不調。サウスオーストラリア州、ビクトリア州、マレイ-ダーリング川流域では1900年以来の干ばつと言われる。さらに、気温は1950年以来、第2位の高温で事態を悪化させた。(21世紀の干ばつは次項に詳しく述べる)


2006年-2007年の干ばつ

 21世紀になってからの大干ばつは、2002・2003年、2006-2007年に発生した。2007年にはコムギ・大麦前年比で60-65%の収穫と推定され、1994-95年の干ばつのときと同じくらいの減収と見込まれている。牧草の生育も悪く、家畜への被害も大きかった。
 典型的なエル・ニーニョのときの大気循環型で、オーストラリア大陸上の高気圧が例年以上に強化され持続したため、異常な無降水日数の出現となった。
 この異常な干ばつがコムギ・オオムギの収穫に及ぼした影響は予想をはるかに上回る。(表3)に現在収集できている数字をまとめた。統計の出所により、統計方法に多少の差があるが、2002年-2003年、2006年-2007年の干ばつのひどかった様子を知ることができる。

(表3)近年のオーストラリアのコムギ・オオムギの生産高・収量
  コムギ オオムギ
生産高(x 1,000トン)
1989-1991年の平均 13,279 4,227
1991-2001年の平均 23,721 6,689
2001年(-2002年)* 24,854 8,423
2002年(-2003年)* 9,385 3,268
2003年** 26,132 10,382
2004年 21,905 7,740
2005年 25,090 9,869
2006年*** 9,819 3,722
収量(kg/ha)
2005年** 2,119 1,745
2006年*** 882 933
*)オーストラリア農業資源経済局(ABARE)の資料による。
**)世界国勢図絵(2006・2007年版)による。他は(2007・2008年版)による。
***)暫定値。

 この(表3)を見ると、生産高では2002年(-2003年)の場合、前年比でコムギ38%、オオムギ25%に減少した。2003年には持ち直したが、2004年にはコムギ83%、オオムギ74%、そしてまた、2006年にはコムギ39%、オオムギ38%の減少を示した。収量で言えば、2006年には42%、オオムギ53%の減収である。このように1年おきとは言え、極めて低い収穫しか、なかった。そして、この値はオーストラリアの国全体のまとめであるから、国内で地域的に差があることを考えれば、収穫皆無または、それに近いところがあったことは容易に想像できよう。

干ばつの被害の波及

 2006年9-10月には、牧草が枯れ、家畜の生育が難しくなり、夏にむかって家畜飼料用の穀物を輸入する計画が検討され、発表された。2007年1月当時のハワード首相は(1)マレー・ダーリング水系の水漏れの多い灌漑パイプのオーバーホール計画を含む100億豪ドル(7千数百億円)の支出計画を発表した。また、(2)5月半ばまでに多量の降水がない限り、大部分の農地の灌漑を禁止する。灌漑権をクイーンスランド、サウスウェールズ、サウスオーストラリア、ビクトリアの4州から連邦政府に集中すると発表した。これに対し、ビクトリア州だけ反対した。干ばつ対策の政策決定にも、その時の政治情勢がかかわる好例である。その後、首相が交代し、影響・対策の検討が政治と無関係でないことを立証した。 2007年2月20日コメの生産高は前年より90%減と発表された。
 干ばつで火災のリスクは増大し、林野ばかりでなく、都市における火災のリスクも増している。現在、オーストラリアで叫ばれている都市住民の生活スタイルの見直しは以下のような項目である。(1)戸外における水利用の適正化:自動車の洗車、芝生灌水へスプリンクラーの利用。雨水を屋上のプールにためる。(2)屋内における水利用の適正化:シャワーヘッド、水洗トイレの点検。蛇口のまめな開閉、などである。
 政府レベルでは、ダム建設、水リサイクル施設の整備、海水の淡水化施設の整備、灌漑水路網の整備などである。
 最後に一つ、干ばつでブドウ生産高が上がった例を紹介する。米作は水を多量に必要とするので、干ばつの影響を強く受ける。(図2)にオーストラリア南東部における1992年から2008年までのコメとワイン用のブドウの生産高の変化を示す。コメは1993年、96年、2000年には小さい落ち込みがあったが、年々上昇した。しかし、2001年をピークとしてその後極めて著しく落ち込んだ。これはすでに書いてきたとうりである。
NARGIS
(図2)オーストラリアのコメとブドウの生産高の推移。(2008年は推定値、ニューヨークタイムズの資料による)

 これに対し、ワイン用のブドウの生産高は年々上昇し、2004、05、06年には大きなピークに達した。これは比較的多量の水を必要としないブドウ栽培に農家が転じたためである。2007-08年、コメ(精米)の収量は約5.9ton/ha、ブドウは約14.8ton/haの平均値で、市場価格はコメが約1,000ドル/ton、ブドウは500ドル/tonとして、農家の収入と支出を求めると(表4)のようになる。水の値段が高いため、コメを作ると水の費用の支出がかさみ、結果としてブドウ栽培の方が7倍の収入が見込まれると言う推算結果である。


(表4)オーストラリア南東部の農家のコメ(精米)とブドウ(ワイン用)の収入(灌漑畑1エーカー当たりのドル)と支出の比較

収支 コメ ブドウ

収入 2,400 3,000
支出  水 1,680 560
     水以外 480 480

差し引き 240 1,680
(ニューヨークタイムズの推算による)

 干ばつによってコメもブドウも被害を受けるが、干ばつの条件下にあっても収入が7倍もよいブドウ栽培を農家は選択するので、ブドウの生産高は上昇を続けた。コメは作物学的な干ばつの影響に加えて、このような経済的な理由で、コメの生産高は大きく減少したのである。オーストラリアはコメの生産国としてはまだ下位である。しかし、この地方の農家の干ばつに対する適応策・被害軽減策の結果は、他の地域で一般的に異常気象の被害を考えるときの参考にしなくてはならない。


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