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連載エッセイ [4]
異常気象を追う
吉野正敏

 
突風
 
突風の定義

 “突風”のはっきりした定義は気象学にはない。しかし、一般にはよく使われ、新聞・テレビ・ラジオなどでは、しばしば目にし、耳にする。
 「大型クレーン突風で横転」という見だしで、“去る(2008年)4月18日午前9時55分、千葉県市原市の三井造船の事業所で、300トン級の大型クレーンが突風で横転し、。。。。”と或る新聞は報じた。その記事はさらに続き、“。。。。クレーンは高さ約60メートルで、下部のレールで移動する構造。風が強かったためレール端で停止していたが、突然の強風で倒れたと言う。”
 この記事は、詳しく、正しく状況を伝えている。この記事を書いた記者はもちろん、読んだ人は、「突然の強風とは何ぞや」という疑問は持たなかったであろう。情報は充分に伝わったのである。私がこの記事に関心を持ったのは、“突風”とは“突然の強風”という解釈が書いてある点である。
 まさに、一般の認識で、突風とは突然の強風である。したがって、台風が接近してかなりの長時間強風が連続するような場合は突風ではないという認識である。しかし、風には息があって、台風による強風が吹きすさぶ中でも、ひときわ強く吹く瞬間がある。これは突風ではないのか。
 2005年12月25日午後7時14分、秋田発新潟行きの特急「いなほ14号」が酒田と余目の中間で最上川の鉄橋近くで脱線し、1両目から3両目までが線路から横転し、乗客46人のうち5人が死亡、33人が重軽傷を負った。2008年の事故調査委員会の報告では「線路上で風速40メートル以上の竜巻かダウンバーストによる“突風”が原因とした。
 ここで問題なのは、突然という現象の内容である。突然の現象とは、科学的な表現を使えば、先駆現象がなく予測・予知・予見することができずに発生する現象であろう。そしてこれが時間的にか、空間的にか、その両方が重なっているのかで、話が大分違ってくる。
 例えば、寒冷前線が通過するとき、突風が吹くことは常識であるが、天気図上の寒冷前線のどこで、いつ、吹くかはわからない。例えて言えば、外野スタンドに入るホームランのボールみたいなものである。外野スタンドにホームランのボールがいつか来ることはわかっていても、どの辺の観客の誰が拾えるかは予測できない。そしてホームランのボールは、打者が打ってから観客席に到達するまで時間があり、おおよその予測ができるからまだ問題は単純である。実際には寒冷前線と自分との位置関係がわからず、いつ突風がくるかわからない。さらに風は目にみえないから、“突然”ということになる。
 しかも、時間的にこのような小さいスケールの現象の寿命時間は短い。つまり、発生してから消滅するまでの時間は短い。このことが“突然”の内容に感覚的には影響している。台風や温帯低気圧の接近のように1日も半日も前からわかっていれば突然とは思わないが、数時間、時には数分のうちに状況が急変し、強風に見舞われると“突然”の強風という感じとなろう。強い竜巻や積乱雲の発達がその好例であろう。
 大気の成層が不安定、つまり地面付近が高温、上空が低温のとき、気塊が上下に転倒するため、上空の強風が地面近くに下りてくる。この現象はどこでいつ起こるか細かく詳しく予測ができないので、地上のわれわれは“突然”と捉えることになる。やはり、異常気象の一つである。

突風率

 “突風の強さは平均風速の何倍であるか”を突風率と言う。突風とは英語でガスト(gust)と言い、突風率はガストファクター(gust factor)と言う。ある時間内の最大瞬間風速と平均風速の比で表す。10分間の平均風速では1.2―1.8の値を普通はとる。
 しかし、いわゆる異常に強い突風の場合は、これが2.0、時にはそれ以上と言う報告もある。一般的には、平均風速が大で、地上からの高度が高くなるほど、そして評価時間が長くなるほど、突風率は小さくなる。
 上記のクレーン車の転倒や列車の横転の場合、地上から数メートル、高くても数十メートルの地上付近の問題であり、またその周辺には不規則な形状の建造物がたくさんあるなど、突風率が大きくなる傾向を強めていたことが推定される。
 さらに問題なのは、突風率に及ぼす微地形や建造物の影響や、突風率が列車など運動している物体の周囲でどのように変わるかについて、実験が難しいことである。一般的な風が物体の周辺でどのように変わるかは風洞実験が可能である。大きな橋や高い塔・ビルの設計には当然風洞実験が行われる。飛行機・列車・自動車など動く物体の周囲における空気の流れも、もちろん、むかしから風洞実験が行われてきた。コンピュータの発達した昨今では、混み入った流線の数値実験や解析も可能になった。ところが、これらは、みな平均した流れの実験であり、解析なのである。特に大きな値の瞬間風速とは、平均した流れにのった小さい渦(風の息、風の乱れ)によって起きるのだから、このような実験では捉えられない。自然界の空気の動き(風)にはこの小さい渦が必ずある。それが突風を起こすのだから、このような小さい渦(乱れ)が発生しない風洞がよい風洞として設計されてきたのだから、測定はむりである。
 もう一つ問題なのは、普通われわれが使っている風速計は風の水平成分だけを捉えていることである。3次元風速計もあるが高価なため、気象台・交通機関などで使っているプロペラ型でもロビンソン型でも観測しているのは風の水平成分である。ところが、建造物・動く物体に及ぼす風の影響、特に、横転事故・転覆事故に及ぼす風の影響では、鉛直方向の成分も重要ではなかろうか。また、小さい渦は3次元方向おなじ大きさ、つまりボールのような球型をしているとはかぎらない。平均流の方向をX方向とすると、それに直角方向のY方向、垂直方向のZ方向に、小さい渦はそれぞれどのような値をとるか、正確にはわかっていない。風の乱れ、小さい渦のY方向、Z方向の成分がわからないと、現在のように、水平方向(X方向)の突風率だけでは不充分にしか捉えていないことは明らかである。微地形や建造物の周辺の空間や、動く物体の周囲におけるY方向・Z方向の突風率の分布を知ることが、異常に強い突風による災害を防ぐには必要だと思う。

突風の絵

 突風の定義は曖昧、科学的な把握はまだまだ不備と上に述べたが、“突風”の芸術的な表現は少なくない。有名な画家による絵もヨーロッパでは数多い。街を吹きすさぶ突風で、紳士のシルク・ハットが飛ばされステッキを振り上げて追う姿、淑女のスカートがめくりあがり両手で抑え込む姿が、ユーモラスに描かれている絵は多い。取り澄ました人びとの姿が突風によって一枚はがされ、あわてふためいているさまとして捉えられ、動きのある芸術性の高い画面となって、見る人の共感を呼ぶのである。
 ここで紹介するのは、イタリアの北東部, スロヴェニアに近いトリエステで、ベレチ(C.Beleci, 2002)が刊行した“局地風「ボラ」の本”の中の絵である。たくさんある中で(図1)に風速毎秒32メートルのとき、(図2)に38メートルのときの風景の例を紹介する。ボラはアドリア海沿岸で吹く冷たいおろし風だが、風速が大きいことと、風の息・風の乱れが大きいことでも有名である。ここに紹介した以外にもたくさんの似た絵があり、それらに描かれている状況をまとめると(表1)のようである。ただし、この絵が描かれた年代(推定では1930―1940年代)、バスは小さなボンネット型で客室部分は木造、馬車が市内でも荷物を輸送、市内電車も小さい鉄骨木造車両の時代である。

(図1)東京における3月の月平均気温と開花日の関係。
(図1)トリエステで「ボラ」が風速毎秒約32m
で吹くときの風景。

(図2)トリエステで「ボラ」が風速毎秒約38m
で吹くときの風景。

(両図とも不許転載)


(表1)トリエステにおける「ボラ」吹走時の突風による風景――「ボラ」の絵から――
風速
毎時km 毎秒m
乗り物・馬車など 歩行者
 90 約25 バス傾く。ルーフラックの荷物落ちる。 風に向かって身をかがめて歩く。
100 約28 貨物を運ぶ馬車傾く。御者は制御不能。 婦人のスカートまくれ、所持品飛ばされる。
115 約32 バスのハンドル操作不能。オートバイ・自転車は走行不能。 転倒。紳士・淑女とも上着下着はぎとられ、所持品飛散。
135 約38 バスその他、路上に影なし。 歩行困難。路上に座り込む。紳士・淑女抱き合っても直立困難。
140 約39 市内電車脱線し傾く。 街角の命綱をもっても歩行困難。
吉野正敏



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